永遠の魅惑 No.1
理由

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 遠くから、雷の音が聞こえた。

 私は、ある建物の中にいた。ある建物、というのが、はっきりと何の建物であるのかは判らない。判らないのは、この建物のことだけではなかった。今の今まで何をしていたのか、全く記憶がないのだ。

 外に出ると、案の定、雨が降っていた。ひどい雷雨である。私は雨で濡れるのを避けるために建物に戻ることはしなかった。頭を冷やせば、何か思い出すこともあるかもしれない、そう思ったからだ。そしてすぐに、一つの大切なことを思い出した。

 ・・・私の名前は、Arleだ。

 しかし、それ以外のことは、何も思い出すことが出来なかった。何故ここにいるのか、これからどうすればいいのか、全く見当のつけようがなかった。


 それからしばらくして、気が落ち着いたところで、持っていた少ない荷物を確認してみた。そこには少しの食料と、小さなナイフ、1冊の本、それに巻物が3本入っていた。まず私は、本を開いてみる。・・・白紙だった。どのページにも何も書かれていない。頑丈な作りで、一見すると辞書にも見える本だったが、本と言うよりはノートという方が正しいかもしれなかった。

 次に、巻物を調べてみる。開いてみると、今度は何か書いてある。目を通していくと、どうも奇妙な魔法についての解説がしてあるらしい。魔法の名前は「Shallow Breath」というらしい。それ自体はそれほど難しいと感じることはなく、私でも十分に理解できるものだった。私がその一つの巻物を読み終えると、不思議なことに巻物は空中に溶け込むようにして、消えてしまった。私はあわてて荷物の中から本を取りだし、消えた巻物の内容を忘れないうちに本に書き込んだ。では残りの巻物も同じように術の解説がしてあるのかと思い、次の巻物を開く。今度は「Minor Shielding」という魔法の解説がしてある。今度もしっかりと目を通し、理解出来たところで本にメモを取っておいた。この巻物も先程と同じく、空に吸い込まれるようにして消えた。

 その勢いで3つ目の巻物を手に取り開いてみたところ、今度はどうやら魔法の解説書では無いらしい。書かれている数行の文章を読んでいくと、どうやらこの巻物を、ErudinのEnchanterギルドへ届けて欲しいと書いてあることが判った。相変わらず、何故私がこのような巻物を持っていたかも判らないが、私がここにいる目的も判っていない。この現状を考えると、これを手がかりにしていくしかない。私は素直に巻物を届けることにした。


 すでに雨は上がっていて、外を歩く人もちらほらと見えた。まずここがどこなのかを確認し、目的地への道を確認したかった私は、近くを歩いていた衛兵に声をかけてみた。その衛兵は重厚な鎧に身を固めた雰囲気とは違い、私の問いかけに丁寧に答えてくれた。
「ここは、何という名の街なのでしょう?」
 衛兵は少し訝しげな表情を浮かべた。
「ここは、魔法都市Erudinですよ。しかし、あなたもErudinの住人ではないのですか?」
「どうしてそのようなことがお判りになります?」
「お判りも何も、あなたのその服装、肌の色、どう見てもErudianにしか見えませんよ。」
 なるほど、この街が目的のErudinであり、また私はどうやらこの街の住人であったらしい。私は質問を続ける。
「この街にあるはずの、Enchanterギルドを探しているのですが、どこにあるかご存じでしょうか?」
「ああ、Enchanterギルドなら、Erudin Palaceにありますよ。この街の奥の方にある、城の中です。」
 何ともあっさりと目的地の場所が判った。なるほどと納得していると、今度は衛兵から話しかけてきた。
「Enchanterギルドに向かわれると言うことは、あなたもEnchanterなのですね。」
「え?」
 私がEnchanter?いやそもそも、Enchanterとは一体何なのだ?

 それについて訊ねようとしたときに、後ろから他の衛兵がやってきた。
「街の入り口付近に、Koboldの群が近づいているらしい。少数らしいが、念のため、応援を呼びに来たんだ。」
 私と話をしていた衛兵は、判った、と答え、すぐに私の方を向き、
「話が途中になって申し訳ない。きっと素晴らしいEnchanterになってくれると期待していますよ。」
 と言い残して、後で来た衛兵とともに走り去ってしまった。


 ともあれ、Enchanterギルドの場所は判った。他に行くあてのない私は、ともかく急いで向かうべきだと思い、駆け足気味にErudin Palaceへ向かった。そこまでの距離はさほど無く、すぐにErudin Palaceに入ることが出来た。

 Enchanterギルドに着くと、そこにはローブを着込んだ人が数人いた。いかにも「魔法使い」という風貌である。私はその巻物の届け先である、Enchanterギルドのマスターの下へ向かった。渡したい巻物があるのだが、と入り口にいた「魔法使いらしい人」に訊ねると、それだけですぐにギルドマスターに会うことが出来た。

「ふむ、君が新しい冒険者か。」
 会うなり、突然に彼は言った。
「巻物を持っているらしいな。まずはそれを見せてもらえないかな」
 とにかく用件は済ませてしまおうと思い、言われた通りに巻物を彼に差し出した。彼はその巻物を開いて読んでいるのだが、巻物の内容は私も知っている。ただ「これを彼に渡せ」と書いてあるだけなのである。そんなものを渡してどうなるのかと思ったが、そこで記憶の手がかりが見つかるかもしれない。そう思って持ってきては見たが、いざ来てみても何か思い出すものもなく、不安が募るばかりだった。

 しかし、彼は最初に「新しい冒険者か」と言った。私自身にそんな自覚は無いのだが、では何故彼はそのような事を突然言ったのだろうか。やがて巻物に目を通し終えた彼は、再び私に話しかけてきた。
「君は、おそらく何故ここにいるか、理解出来ていないだろう。それにこれからどうすれば良いのかも、また判らないはずだ」
 彼はそれがさも当たり前であるかのように言い当てた。私はひどく驚いたが、同時に彼が何かを知っていることにも気づいた。
「・・・その通りです。しかし、何故それが判ったのです?それに初めに仰った『冒険者』とはどういう意味なのですか?」
 私は思わず早口で、一気に喋ってしまった。だが彼はそんな私を気にする様子もなく、ゆっくりと話し続ける。
「ふむ、まあ一つずつ話をしようか。まず君が数時間前より以前の記憶を持っていないことだが」
 私は背筋に冷や汗が流れるのを感じた。
「それは、君が今さっき、生まれたからだ。生まれる前の記憶なんて、あるわけがないよな」
「生まれた・・・ばかり?私が?」
 突拍子もない答えに、私はさらに動揺した。
「そうだ。まあ生まれたという表現が的確かどうかは判らないが、君は数時間前より以前、記憶の無いときには、この世界にいなかった。君の記憶が始まった瞬間に、生み落とされたんだよ。」
 どういうことなのだ。生まれたばかりだから記憶がない?ならどうして、私は成人並の体を持って、こうして言語を操ることが出来るんだ?ひどく混乱している私に、彼は答えをくれた。
「神、だよ」


「神、だって?」
 私は思わず、丁寧に話すのを忘れて、声を上げてしまった。
「このNorrathの地には、君と同様に、突然に命を授かるものが時々現れる。彼らは例外なく、送り先だけが書かれた巻物を持っている。君が私にくれたこの巻物、これがそれなんだよ。私の所にも、今までに何人もの人たちが、同じ巻物を持ってきている」
 突拍子もないのもここまで来ると、もう現実味を感じなくなってくる。おかげで、というのもおかしいが、少し落ち着いた。
「ということは、私は神の子というわけですか」
「そういうことになるね」
「なかなか面白い神様ですね。一体どこの神様が、私を生んでくれたというのでしょう」
 私がそういうと、彼の表情に?マークが浮かんだ。
「君はまだ思い出せないようだね」
「何をです?」
「自分を生んでくれた神の名を、さ。ここまで話すと、急に思い出す人が多いのだが」
 別に神を認めたくないから、知らないふりをしているつもりはない。本当に何も思い出せないのだ。
「いえ、何も思い出せません」
「そうか、じゃあ君は無信仰者となるわけだな。大抵の場合は、自分を生み落とした神を信仰するのだが、まれに全く思い出せないという者もいる」
「それは困りましたね」
 私は苦笑いを浮かべながら、適当な相づちを打つ。
「無信仰と言うことは、神の加護を受けることが出来ない。言い換えれば、全ての神が敵となりうるわけだ。君の冒険はなかなかに茨の道かもしれないな」
 私の記憶がないと言うことについては、理解は出来た。納得はしていないが。私は次の話を聞いてみることにした。
「そう、その冒険というのは、一体どういうことなのでしょう」
「君と同じく、神に生み落とされた人々は、巻物を渡してその人物と話をすることで、過去の自分については理解することが出来る。しかし、未来については、全く何のビジョンもないのだよ」
 その通りだった。神に生み落とされたと言うことを信じたとしても、この先どうすればいいのかという話には全く繋がらない。
「だが、君たちはすでに生きていく術を持っている。ここに巻物を持ってくる人ならば、いくつかの魔法の巻物を持っているはずだ」
「ええ、確かに持っていました。もう巻物自体は目を通してしまって、自然に消えてしまった後なのですが」
 すると彼は大きく頷き、
「それでいい。君がその巻物を理解出来たと言うことは、君がEnchanterである証拠なんだよ」
「Enchanter、ですか」
 先程道を訊ねた衛兵も、そんな事を言っていた。
「しかし、私はEnchanterというものが何であるのか、存じ上げません」
 私がそう言うと、彼はふむ、と頷き、そして、
「一度見せた方がいいな」
 と言った。何を見せてくれるのかと思うと、彼はすぐに何か呪文のようなものを唱え始めた。刹那、彼の体から・・・というよりは彼の周囲の空中から、緑色の小さな光が浮かび上がり始めた。そして彼の詠唱が終わると同時に、彼の体が、僅かに宙に浮き上がった。
「なっ・・・」
「これはRevitateという魔法だ。見た目に判りやすいだろうと思ったので、これにしてみたが」
 驚く私をまたも気にせず、彼は話を続ける。
「Enchanterというのは、付与術を得意とする魔法使いだ。冒険をともにする味方を魔法力で強化したり、戦闘相手となる敵を弱体化させたりする。いわゆる戦闘補助のエキスパートだ」
「つまり、私も、そのEnchanterであるわけですか」
「そういうことだ。まあこのRevitateを使うには、まだ君は経験不足だがね。さらにEnchanterの魔法というのは、純粋にEnchanterの資質を持った者にしか行使することが出来ない。というよりは、理解することが出来ないと言う方が正しいかな。」
 なるほど、先程の巻物は、Enchanterだけが使用できる、簡単な魔法の解説書だったという事らしい。
「ときに、君は自分が何故生み落とされたのか、疑問に思ってはいないか?」
「・・・もちろんです。仮に神が私を生み落としたのなら、それには何かの理由があってのことでしょう。一体私は、何のために生み落とされたというのです?」
「それが、だね」
 彼は手を頭の後ろへやり、視線を私から外して横に向けた。
「判らないんだよ。今まで君と同じようにここを訪れた、皆が判らないんだ。当然、当事者でもない私が判るはずもない」
「・・・」
「だが、さっきも言ったとおり、神は君たちに生きる術を与えているんだよ。君の場合なら、そのEnchanterの才能と魔法を、ね」
 再び彼はこちらを向いた。
「君は、君がここにいる理由を知りたくはないか?」
「もちろん、知りたいに決まっています」
 私がはっきりと答えると、彼は頷き、
「ならば、その君の能力を持って、Norrath全土を冒険してみるんだ。すぐに君と同様に、理由を探す者にも会うことが出来るだろう。彼らと力を合わせて、その理由を探してみるしかないんじゃないかな」
 なるほど、確かにそれしか無いような気もする。ここにいても何も始まらないわけだし、私と同じ理由を探している人も、すでに数多くいるというのだったら、彼らに会うことは間違いなく私にとってプラスの効果になる。だが、正直言って、
「随分、短絡的な答えだと感じますが」
 と、思っていることを素直に口に出した。
「短絡的だと思うかね?冒険者の中には、冒険の果てに神を見たという者までいるのだよ」
「神に?」
「冒険の果てに神を見つけたとして、それが果たして味方なのか敵なのかは判らない。だが君たちを生み落とした張本人に会える可能性があるわけだ。どうだい、これでも冒険が短絡的な考えかな?」
 ・・・神に会える。今までの話の中でも最も嘘臭い話である。彼がそういう噂を聞いた、という程度の話であるから、本当に疑わしい。しかし、私にEnchanterとしての才能があり、行使することが出来るし、そうしていれば私同様に「理由を探す者」と会うこともできるだろう。
「・・・判りました。どうやらそれが考え得る最良の道のようですね」
 私は半ば仕方無くではあるが、冒険者となることを決心した。


 その後、ギルドマスターから布製のローブをもらい、単身、冒険に出発することになった。とはいえいきなり世界各地を飛び回ることは危険すぎる。まずは街の近くにいる動物や虫を退治してEnchanterとしての技術を磨き、同時に狩りで手に入った獲物を撃ってお金に換え、装備を調えるべきだ、と彼がアドバイスしてくれた。

 かくして、私の冒険は始まった。